熱力学第2法則からみたカルニチン欠乏
熱力学第2法則を簡単に言うと、「熱はあついものから冷たいものへ移動し、その逆は成立しない」ということです。エントロピー増大の法則で説明されます。エントロピーは、ドイツの理論物理学者であるクラウジウス(Clausius)が導入した概念で、エネルギーの 「en 」と変化を意味するギリシア語の「tropy」を合わせた言葉です。水の中に赤インクを1滴垂らすとインクは垂らした位置から広がり水が赤くなります。いったん水と混ざった赤インクはもとの1滴の赤インクに戻ることはありません。インク分子は、乱雑な方向へと拡散していきます。これがエントロピー増大の法則です。
生命現象はどうでしょうか。量子力学を確立したシュレディンガー(Schrödinger)が「生命とは何か」という著書で、「いきものは平衡状態に陥ることを免れている.物質代謝によって負のエントロピーを取り込み、正のエントロピーを体外に排出することで生命を維持している.」と述べています[1]。生物はエントロピー増大の法則に逆らっています。ミトコンドリアで、負のエントロピーを取り込み、正のエントロピーを排出する作業で重要な役割を担っているのがカルニチンです。その結果、細胞レベルでエネルギー産生と老廃物処理が効率よく行われ、エントロピー増大による平衡状態(秩序の崩壊)に陥ることを防いでいます。生命維持機構がミトコンドリアの二重膜を通して行われているのです。カルニチン欠乏での臨床症状である低血糖や高アンモニア血症は、細胞レベルで制御不能なエントロピー増大が起こった結果です。ですから放置すると、自然の法則に従い「インクが水に混ざり分離できない状態」になってしまいます。私のリサーチブログ6の「バルプロ酸とカルニチン欠乏」[2]をそう言う視点から眺めていただけると理解しやすいと思います。
生命を維持するにはエネルギーの産生と老廃物の処理が欠かせません。これは熱力学第2法則に逆らうために必要な戦略です。いきものは、①エネルギー欠乏と②腐敗という2つの強大なリスクに常にさらされているのです。
そしてカルニチンはミトコンドリア以外でも面白い作用をしています。草津病院の中村先生と行った研究で、抗精神病薬による副作用である「高プロラクチン血症」をカルニチンが軽度改善する作用を臨床ではじめて確認しました。これもおそらく熱力学第2法則に逆らう生体の戦略だと思います。論文は近日中にInt Med J.に掲載予定です。(Nakamura M, Nagamine T. Carnitine supplementation treated with valproic acid attenuate antipsychotic-induced hyperprolactinemia. Int Med J.in press.)楽しみにしてください。
文献
[1]シュレーディンガー (著), 岡 小天 (翻訳).生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫) 文庫2008
[2]長嶺敬彦.バルプロ酸とカルニチン欠乏.三光舎HP Reasearch Blog 6.2017.1.31.RB6. Carnitine deficiency related to sodium valproate in psychiatric settings.
[RB7. The meaning of carnitine deficiency in view of second law of thermodynamics.]