抗精神病薬による慢性便秘に新たなメカニズム;排便に下行性疼痛抑制系の「ドパミンD2様受容体」が関与する
精神科薬物療法で患者さんが不快に思うことに、「肥満」とともに「便秘」は必ず上位にランクされます[1]。もちろん慢性便秘は自覚的な不快感だけでなく、まれに敗血症(bacterial translocation)や腹部コンパートメント症候群(abdominal compartment syndrome)など生命に危険を及ぼす病態を惹起するので注意が必要です[2]。さらに慢性便秘に刺激性下剤を長期にわたり漫然と投与するとアウエルバッハ神経叢(Auerbach's plexus)の色素変性が起こり、巨大結腸化から排便機能はますます低下します[3]。慢性便秘は、精神科薬物療法で対応に苦慮する副作用の一つです。そのメカニズムは、末梢レベルの抗コリン作用で説明されてきました。しかし抗コリン作用が弱い抗精神病薬でも頑固な便秘に悩む患者さんがいます。抗精神病薬による慢性便秘のメカニズムは、末梢レベルだけでは説明できません。
最近、岐阜大学大学院獣医学研究科の志水研究室(獣医生理学)から画期的な研究成果がいくつも報告されています[4][5][6]。ノルアドレナリン、ドパミンなどのモノアミンをそれぞれ単独に脊髄排便中枢に投与すると、結直腸の運動が亢進するというのです。志水研究室はラットを用いて、ノルアドレナリン、ドパミンが、それぞれα1アドレナリン受容体、ドパミンD2様受容体を介して、仙髄副交感神経の節前神経を興奮させることを発見しました[4][5]。ドパミンの脊髄内投与前に抗精神病薬であるハロペリドールを投与しておくと、ドパミンによる結直腸の運動亢進が起こりませんでした [5]。この実験結果から、「抗精神病薬はD2受容体を介して脊髄排便中枢に作用し、ドパミンによる結直腸運動を低下させ便秘になる」可能性が考えられます。抗精神病薬による慢性便秘の新たなメカニズムです。
なおこの系は、下行性疼痛抑制系と関連します。下行性疼痛抑制系は、中脳中心灰白質からの下行性出力により、脊髄後角における一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンの間でのシナプス伝達を抑制し、痛みの情報伝達をブロックする疼痛抑制機構です。ですから志水研究室の研究成果は、「痛みの制御」と「大腸運動の制御」がクロストークしている可能性を示す画期的な成果です。統合失調症の慢性便秘を考えるとき、抗コリン作用だけでなく、ドパミンD2受容体遮断作用による結直腸の運動機能低下を考えなければなりません。 “The spinal dopamine system is involved in controlling the defaecation reflex.”だからです[5]。
文献
長嶺敬彦.代謝障害・慢性便秘.精神科治療学2016 ;31増刊号 (10):148-152.
長嶺敬彦:精神科臨床での慢性便秘は腹部コンパートメント症候群(Abdominal Compartment Syndrome)のリスクである.最新精神医学2012;17(5):483-486.
長嶺敬彦:抗精神病薬の「身体副作用」がわかる~The Third Disease.医学書院(東京)2006.
Naitou K, Shiina T, Kato K, Nakamori H, Sano Y, Shimizu Y. Colokinetic effect of noradrenaline in the spinal defecation center: implication for motility disorders. Sci Rep. 2015 ;5:12623.
Naitou K, Nakamori H, Shiina T, Ikeda A, Nozue Y, Sano Y, Yokoyama T, Yamamoto Y, Yamada A, Akimoto N, Furue H, Shimizu Y. Stimulation of dopamine D2-like receptors in the lumbosacral defaecation centre causes propulsive colorectal contractions in rats. J Physiol. 2016;594(15):4339-50.
Naitou K, Shiina T, Nakamori H, Sano Y, Shimaoka H, Shimizu Y. Colokinetic effect of somatostatin in the spinal defecation center in rats. J Physiol Sci. 2017 Jan 25. doi: 10.1007/s12576-017-0524-1. [Epub ahead of print]
[RB9. New hypothesis; Antipsychotic-induced constipation via D2-like dopamine receptors in the lumbosacral defaecation centre which is related to the descending pain inhibitory pathways]