細菌により腸管のバリア機能が変化すると精神機能も変化する?
便秘などの消化管機能障害を有する統合失調症患者さんにプロバイオティクスを投与したところ、思いもよらず精神症状が改善することがあります[1]。稀な現象ですが、精神症状が改善した症例には次のような特徴がありました。プロバイオティクス投与前の状況として、腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)、前頭葉ドパミン神経系の機能低下、免疫バランスの崩れと腸管透過性亢進があることです。統合失調症患者さんは腸内細菌による敗血症(bacterial translocation)がみられ、腸管のバリア機能低下が見られることがあります[2]。そしてプロバイオティクス投与後の糞便遺伝子検査で日和見菌の種類が増え、腸内細菌叢の多様性が回復していました。Hsiaoらは妊娠マウスに偽ウイルスを投与するmaternal immune activationを行い、生まれてきた仔マウスに自閉症様の精神症状が出現することを示しています。このメカニズムとして腸管のバリア機能の低下を提唱しています。マウスにとってのプロバイオティクスであるBacteroides fragilisをこの自閉症モデルマウスに投与すると腸管透過性亢進が改善し、精神症状が改善しています[3]。最近、Yamazaki(新潟大学歯学部)らの一連の動物実験で、腸内細菌叢の変化が腸管透過性を変化させることが示されました。歯周病菌をマウスに投与するとマウスの腸内細菌叢のパターンが変化し、腸管バリア機能維持に重要なTight junction protein 1(Tjp1)の遺伝子発現が低下し、腸管透過性が亢進したのです[4][5]。そしてそのために炎症性物質が肝臓など全身に散布されることが示されました。この歯周病菌投与による腸管バリア機能低下の動物モデルは、統合失調症患者さんの精神機能や身体合併症を考える上できわめて重要です。統合失調症患者さんは歯科疾患の罹患率が高く、便秘や糖尿病などの身体疾患の合併率が高い現実があるからです。Yamazaki教室の今後の研究が楽しみです。
個人的にはバリア機能は腸管だけでなく、血液脳関門でのバリアが精神機能には重要であると考えます。身体に存在する細菌が血液脳関門のバリア調節にどのように影響するか、そしてその結果ドパミン神経伝達がどのように変化するか、大変興味があります。ヒトの体には多くの細菌が生息しており、その数はヒト固有の細胞の実に9倍もあるそうです[6]。いずれにしても身体の一部である細菌が精神機能に影響を与える可能性があると思われます。今後、この分子メカニズムが解明されれば、精神症状の新たな治療戦略が立てられる可能性があります。
文献
[1] Nagamine T, Sato N, Seo G. Probiotics Reduce Negative Symptoms of Schizophrenia: A Case Report. Int Med J. 19(1):72-73, 2012.
[2] Nagamine T. Bacterial Translocation in Schizophrenia; Gut Microbiota is a New Target for Treating Schizophrenia. Int Med J. 22(5):444-445, 2015.
[3] Hsiao EY, McBride SW, Hsien S et al. Microbiota modulate behavioral and physiological abnormalities associated with neurodevelopmental disorders. Cell. 155(7):1451-1463,2013.
[4]Arimatsu K, Yamada H, Miyazawa H et al. Oral pathobiont induces systemic inflammation and metabolic changes associated with alteration of gut microbiota. Sci Rep.4:4828,2014.
[5]Nakajima M, Arimatsu K, Kato T et al. Oral administration of P. gingivalis induces dysbiosis of gut microbiota and impaired barrier function leading to dissemination of enterobacteria to the liver. PLoS One. 10(7):e0134234,2015.
[6]Alanna Collen.あなたの体は9割が細菌-微生物の生態系が崩れはじめた.河出書房新社 2016.
[RB12. Microbiota may affect not only our physical condition but also our mind function by controlling barrier function; if this molecular mechanism is elucidated, a new treatment strategy of psychotic symptoms may be made in future.]