抗精神病薬による重篤な低血糖発作; counter-regulatory systemの不具合は抗精神病薬の種類で異なる
- 長嶺敬彦
- 2017年3月11日
- 読了時間: 3分
非定型抗精神病薬は代謝障害を惹起するリスクがあり、臨床では血糖上昇が大きな問題です[1]。そのメカニズムはインスリン抵抗性だけでなく、小胞体ストレス応答でのPERK経路での不具合も示唆されています[2]。一方で、抗精神病薬は興味あることに低血糖を誘発する危険性が報告されています[3]。残念ながら低血糖のメカニズムは完全には分かっていません。
そもそも血糖は厳格にコントロールされています。とくに低血糖は不可逆的な脳障害を起こすので、生体には低血糖を起こさないメカニズムが備わっています。血糖値を減少させるホルモンはインスリンのみであるのに対して、血糖を上昇させるホルモンはGCGCと言われるホルモン群です(G:glucagon、C:cortisol、G:growth hormone、C:Catecholamine)。これらのホルモンはインスリン拮抗ホルモン(counter-regulatory hormone)と言われます。健常人で血糖が低下するとインスリン分泌が抑制され、糖の利用が減少します。それと同時にインスリン拮抗ホルモンであるグルカゴンが分泌され、肝臓からの糖放出(sugar release;主に肝臓に貯蔵してあるグリコーゲンを分解してグルコースを産生し血中に放出する)を促進し血糖値を維持します。さらに低血糖が持続すれば糖放出では対応できず、これもグルカゴンシグナルですが、糖新生(gluconeogenesis;肝臓でグリコーゲン以外のものからブドウ糖を合成する)のスイッチが入り血糖を維持します[4]。GCGCの働きにはヒエラルキーがあり、インスリン分泌抑制の次に作用するのがグルカゴンです。つまりcounter-regulatory systemが作動したら、まずはインスリン分泌が低下します。抗精神病薬による低血糖発作の特徴は、血糖値が低下してもインスリン分泌がある程度保たれていることです。つまり低血糖発作時のinsulin/glucose比が0.25以上で、相対的なインスリン過剰分泌が認められます[3][5][6]。私は最近、非糖尿病患者でのrisperidoneによる重症低血糖[5]、糖尿病患者でのtiaprideによる重症低血糖[6]を報告しました。これらの症例は抗精神病薬のメインの作用であるドパミンD2遮断作用と関連します。膵臓のβ細胞にはα2受容体やドパミンD2受容体が多く発現しており、血糖低下時にはこれらの受容体を介してインスリン分泌を抑制します。抗精神病薬がβ細胞のα2受容体やD2受容体を遮断したことで、インスリン分泌抑制が行われず低血糖になったと推測しました。
しかしolanzapineはα2遮断作用がほとんどなく、ドパミンD2遮断作用もrisperidoneやtiaprideに比べれば強くないのに低血糖発作を誘発します。時期的には投与初期でインスリン過剰分泌が観察されます[3]。Olanzapineは体重増加も他の抗精神病薬より頻度が高く、大多数の低血糖を起こさない症例では投与初期のインスリン過剰分泌が体重増加という表現型になっている可能性も考えられます。Olanzapineによるその後の高血糖はインスリン分泌不全で、代謝障害のリスクが高い抗精神病薬であることはよく知られた事実です。Olanzapineによる低血糖、高血糖は臨床表現型が真逆ですが、投与初期にインスリン分泌を一時的に促進し、その後はインスリン分泌が低下するというインスリン分泌への二相性作用と考えられます。この分子メカニズムはまだ解明されていません。
文献
[1]Nakamura M, Masaoka Y, Nagamine T. Olanzapine-induced severe hyperglycemia was completely reversed by the restoration of insulin secretion after switching to aripiprazole and initiating insulin therapy. Clin Neuropsychopharmacol Ther. 2014;5:29-33.
[2]Ozasa R, Okada T, Nadanaka S, Nagamine T, Zyryanova A, Harding H, Ron D and Mori K: The Antipsychotic Olanzapine Induces Apoptosis in Insulin-secreting Pancreatic β Cells by Blocking PERK-mediated Translational Attenuation. Cell Struct Funct. 2013;38:183-195.
[3]Ngamine T. Hypoglycemia associated with insulin hypersecretion following the addition of olanzapine to conventional antipsychotics. Neuropsychiatr Dis Treat. 2006; 2 (4): 583-5.
[4] Cryer PE. Glucose counter-regulation: prevention and correction of hypoglycemia in humans. Am J Physiol. 1993 ;264:E149-55.
[5] Nagamine T. Severe hypoglycemia associated with risperidone. Psychiatry Clin Neurosci. 2016;70(9):421.
[6] Nagamine T. Severe hypoglycemia associated with tiapride in an elderly patient with diabetes and psychosis. Innov Clin Neurosci.2017;14(1-2):11-12.
[RB13. Severe hypoglycemia associated with antipsychotics; Antipsychotic-induced counter-regulatory dysfunction may be different with a kind of the antipsychotic.]
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