遅発性ジスキネジア治療薬としてのVMAT2阻害薬
抗精神病薬でドパミンD2受容体を長期間にわたり強固に遮断すると、顎、唇、舌、四肢などに不随意運動が惹起されます。遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia;TD)と呼ばれる病態です。TDは無意識的な反復的不随運動で、とても辛いものです。TDには有効な治療方法がありませんでしたが、つい最近(2017年4月11日)、TDの治療薬としてVMAT2阻害薬(valbenazine )が米国で承認されました。
VMAT2(vesicular monoamine transporter 2)はSlc18a2遺伝子でコードされる小胞モノアミントランスポーターの一つです。VMAT2は細胞膜モノアミントランスポーターと同じく12個の膜貫通ドメインを有する膜タンパク質で、モノアミン神経終末にあるシナプス小胞に存在し、合成されたモノアミンを開口放出に備えて小胞内に輸送し貯蔵します。VMAT2阻害薬は、神経終末に存在するVMAT2を阻害し、神経伝達物質であるモノアミンがシナプス前小胞へ取込まれることを阻害します。
234例のTD患者を対象に、VMAT2阻害薬であるvalbenazineを1日1回80mg、同40mg、プラセボの3群に1:1:1の割合でランダムに割り付け6週間後のAbnormal Involuntary Movement Scale (AIMS)で評価したところ、valbenazine80mg群はプラセボに比べて不随意運動を有意に改善ました。AIMSのスコアが50%以上減少した患者の割合も、プラセボ群が8.7%であったのに対して、valbenazine80mg群は40%と有意に多かったです[1]。忍容性もvalbenazine群で発生率5%以上の有害事象は傾眠のみだったそうです。難治性であるTDに初めての治療薬が誕生したことは朗報です。
しかし忍容性が高いと言っても、TDは主にドパミン神経系の機能異常ですが、VMAT2阻害薬はドパミン以外のモノアミンのシナプス前小胞への取り込みを阻害します。ですから臨床では他の神経系を介する副作用がないか注意しておく必要があります。またvalbenazineではQT延長にも注意が必要です。そもそもVMAT2には神経保護作用があるので、阻害することでそのメリットがなくなる可能性も考えなければなりません。細胞質にモノアミンが必要以上に存在すると、モノアミンは容易に酸化されキノンやジヒドロキシ化合物に変化し、これらの酸化物は活性酸素を発生し神経変性が誘導されます。モノアミンの合成と小胞への輸送は独立した過程ではなく、連動しています。VMAT2、ドパミン合成酵素のチロシン水酸化酵素、アミノ酸脱炭酸酵素、シャペロン蛋白質であるHsc70などは複合体を形成し、合成されたモノアミン(ドパミンなど)が細胞質に留まり細胞毒性を発揮しない仕組みがあると考えられます。ですからVMAT2を阻害するとこの一連のモノアミン輸送系の絶妙なバランスが崩れる可能性はないのでしょうか。VMAT2阻害薬はTDでの不随意運動を改善する作用が多いに期待されますが、新たな副作用が出現しないか臨床での観察も重要です。
文献
[1]Hauser RA, Factor SA, Marder SR et al. KINECT 3: A Phase 3 Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Trial of Valbenazine for Tardive Dyskinesia. Am J Psychiatry. 2017 Mar 21:appiajp201716091037.
[RB19. VMAT2(vesicular monoamine transporter 2)Inhibitors for Tardive Dyskinesia]