神経回路の発達にはプロラクチン暴露が必要
抗精神病薬を投与されていない発症直後の統合失調症患者は、性年齢をマッチさせた対照群と比べて有意にプロラクチン値が高いことが指摘されています[1]。プロラクチン値に影響を与える甲状腺機能やコルチゾールレベルを調整しても、若年の初発統合失調症患者は対照群に比べてプロラクチン値が高いことが特徴です。この現象はどのように考えればいいのでしょうか。プロラクチンは脳機能に影響を与えるのでしょうか。ノックアウトマウスの研究から推測してみましょう。
プロラクチンを分泌できないプロラクチンノックアウトマウスの雌成体は妊孕性がないですが、仮仔を同一ケージに入れてやると仮仔を巣に集めて上にかがみ込むという母性行動を示します[2]。プロラクチンノックアウトマウスは、プロラクチン分泌がなくても正常な母性行動を行います。プロラクチンと母性行動は関連しないのでしょうか。そうではなさそうです。プロラクチン受容体ノックアウトマウスでは、上記の母性行動が欠落するからです[3]。この現象は次のように説明されています。プロラクチンは授乳中の母親の血中だけでなく母乳中にも多量に分泌され、その一部は仔マウスの腸から吸収され血中に移行します。さらに胎児期には胎盤でプロラクチンと同じ作用を有する胎盤性ラクトゲンが産生されます。プロラクチンノックアウトマウスはプロラクチンを産生することはできませんが、胎仔期および乳仔期に母親由来のプロラクチンおよび胎盤性ラクトゲンの暴露を受けているのです。そのために将来母性行動に必要な神経回路が形成されたと考えられます。それに対して、プロラクチン受容体ノックアウトマウスは胎仔期や乳仔期に全くプロラクチンおよび胎盤性ラクトゲンの影響を受けません。受容体が存在しないのでプロラクチンの作用がまったく出現しません。そのために成体になったとき母性行動を行えないと推測されています。つまり適切な時期にプロラクチンに暴露されることで、その後に必要な神経回路が作成され、行動をとれるのだと思います。
初発の統合失調症発患者でプロラクチン値が高いのは何らかの理由でプロラクチンシグナルが不足し、それを補うための代償的な現象かもしれません。プロラクチンシグナルの不足は神経回路形成に不利に働いた可能性があります。ただしマウスとヒトではプロラクチン制御機構が異なります。マウスでは視床下部からプロラクチン分泌を促すプロラクチン分泌刺激ペプチド(PrRP)が分泌され、下垂体にその刺激が伝わりプロラクチンを分泌します。しかしヒトでは視床下部にPrRPは存在しますが、下垂体に投射していないので、この回路でのプロラクチン制御は行われていません。ですからノックアウトマウスの行動がそのままヒトに当てはまるとは限りません。しかしある時期にプロラクチンの暴露を受けることでその後に必要な神経回路が発達し、ひいては行動に影響を与えることは間違いなさそうで、ヒトではどのような神経回路が形成されるか研究が必要です。
文献
[1]Petrikis P, Tigas S, Tzallas AT, Archimandriti DT, Skapinakis P, Mavreas V. Prolactin levels in drug-naïve patients with schizophrenia and other psychotic disorders. Int J Psychiatry Clin Pract. 2016;20(3):165-9.
[2]Horseman ND, Zhao W, Montecino-Rodriguez E, Tanaka M, Nakashima K, Engle SJ, Smith F, Markoff E, Dorshkind K. Defective mammopoiesis, but normal hematopoiesis, in mice with a targeted disruption of the prolactin gene. EMBO J. 1997;16(23):6926-35.
[3]Lucas BK, Ormandy CJ, Binart N, Bridges RS, Kelly PA. Null mutation of the prolactin receptor gene produces a defect in maternal behavior. Endocrinology. 1998;139(10):4102-7.
[RB20. Prolactin exposure in the prenatal period may regulate behaviors after the growth by way of the development of some neural circuits.]