慢性疼痛に対するSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitors)による治療の注意点
- 長嶺敬彦
- 2017年11月1日
- 読了時間: 3分
2016年3月に、SNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitors)の一つであるデュロキセチンが「慢性腰痛症に伴う疼痛」に投与できるようになりました。SNRIは神経伝達物質であるセロトニン、ノルアドレナリンの細胞間隙での濃度を増加させます。疼痛にSNRIが効果を示すメカニズムは、下行性疼痛抑制系の賦活です。下行性疼痛抑制系は1979年に神経解剖学者のAllan Basbaumと神経生理学者のHoward Fieldsが発見しました[1]。この神経回路は脳幹から脊髄に向かって下行する抑制性ニューロンであり、脊髄後角での一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンとのシナプス伝達を抑制し、痛み情報が二次侵害受容ニューロンに伝わらないように調節します。SNRIが慢性疼痛性疾患に投与されるようになり、慢性疼痛に対する治療オプションが増えましたが、その一方で安易な使用による副作用には十分注意が必要です。SNRIを用いることでの2つの注意点をあげておきます。
1つはSNRIが有する重大な副作用に注意することです。SNRIは転倒・失神、低Na血症、退薬症候群などさまざまな重大な副作用が起こるリスクを有しています。慢性疼痛は高齢者に多く、とくに転倒には十分注意が必要です。急な断薬は退薬症候群を起こすので、服薬アドヒアランスにも配慮すべきです。中止する場合も急激に中断するのではなく、減量を経て中止するようにしなければなりません。
もう1つは、下行性疼痛抑制系が痛み以外の神経伝達に関与していることと関連します。下行性疼痛抑制系の起始核は中脳中心灰白質で、ここには視床下部の弓状核、扁桃体中心核、視床束傍核、前頭皮質、島皮質、網様体、青斑核など、実にさまざまな領域から求心性線維を受けています。下行性疼痛抑制系は非常に多くの入力を受けており、島皮質などの機能状態によってはSNRIが疼痛に対して効果を示さないことも考えられます。さらに中脳中心灰白質は中脳水道を取り囲む領域ですが、比較的小型の細胞が密に分布し、それらは情動行動や自律神経機能に影響を与えます。たとえば下行性疼痛抑制系は仙髄の排便反射中枢を介して排便反射と関連します。ですからSNRIで下行性疼痛抑制系の神経伝達を変化させると排便機能に影響が出るかもしれません。
SNRIはたんなる痛み止めではありません。またその薬理作用に部位特異性も確認されていません。ですから下行性疼痛抑制系だけでなく脳内のセロトニンやノルアドレナリンを増加させ、精神機能に影響する可能性もあります。「慢性疼痛にSNRI」という安易な捉え方では、疾病喧伝(disease mongering)の罠にはまってしまいます[2]。あくまでも患者さんの病態を推測し、薬理作用に基づき効果が期待できると判断されるときにSNRIは使用すべきでしょう。
文献
[1]Basbaum AI, Fields HL. The origin of descending pathways in the dorsolateral funiculus of the spinal cord of the cat and rat: further studies on the anatomy of pain modulation. J Comp Neurol. 1979 Oct 1;187(3):513-31.
[2]Nagamine T. Responsibility of the doctor who prescribes serotonin and noradrenaline reuptake inhibitor for patients with chronic musculoskeletal pain. Psychiatry Clin Neurosci.2017;Oct24.
[RB24. The warnings about the use of SNRI for chronic musculoskeletal pain.]
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