アドレナリン反転と抗精神病薬
わが国では、アドレナリンと大多数の抗精神病薬は併用禁忌です。アドレナリン反転のリスクがあるからです。アドレナリン反転とは、アドレナリンが有する昇圧作用が逆転して血圧を下げてしまう現象です。1906年に、Daleが麦角アルカロイドを予め投与しておいたネコにアドレナリンを投与し血圧下降作用が生じたことで命名されました。アドレナリン反転は、α1受容体拮抗薬投与後にアドレナリンを静脈内注射するとアドレナリンの血圧上昇作用が血圧下降作用に反転する現象です。アドレナリンがα1受容体に結合すると血圧上昇作用を示しますが、β2受容体に結合すると血圧下降作用を示します。通常ではα1受容体を介した作用が優位のためアドレナリンの投与により血圧上昇が起こります。しかし、α1受容体拮抗薬の存在下ではβ2受容体を介した作用が優位となり血圧下降作用を生じる可能性があります。抗精神病薬はドパミンD2受容体遮断作用により抗精神病作用を示しますが、α1受容体遮断作用があるものがあり、理論上はアドレナリン反転を起こすリスクがあります。アドレナリン反転は薬理学的な実験に基づく理論ですが、薬が併用された時の副作用に注意する視点を提供しており、精神科臨床では重要な概念と言えます。
しかし精神科臨床では2つの大きな問題も惹起しています。1つはアナフィラキシーショック時にアドレナリンが使用しにくいことです。もう一つは心肺蘇生時にやはりアドレナリンが使用しにくい点です。アナフィラキシーショックは、体内に侵入したアレルゲンに対して極めて過剰なIgE抗体を介したI型アレルギー反応であり、血圧低下、喉頭浮腫を主徴とする重篤な病態です。数分~数十分で全身性の蕁麻疹、血圧低下、声門浮腫が起こり、呼吸・循環障害に陥る危険性があります。アナフィラキシーショックの治療は、循環不全と気道狭窄による呼吸不全に対処することで、治療薬のファーストラインはアドレナリンです。アドレナリンは、α受容体を刺激し末梢血管が収縮し血圧を上昇させ、β受容体刺激作用により気管支拡張、心拍出量増加が起こり、全身のショック症状を改善します。また心肺蘇生でもっとも重要な薬剤はアドレナリンです。2015年の蘇生ガイドラインでもアドレナリンが推奨されています。精神科では致死的不整脈を惹起するリスクもあり、その対応にはCBA2が重要です。CBA2は胸骨圧迫、人工呼吸、アドレナリン、除細動(AED)の頭文字をとったものです[1]。アドレナリンは心肺蘇生で欠かせない薬剤の一つです。
臨床では、抗精神病薬内服中の患者の蘇生やアナフィラキシーに遭遇することがあり、適切にアドレナリンが使用できるような議論が必要だと考えます。蘇生時に血圧を上昇させる薬剤として、塩酸フェニレフリン、ノルアドレナリン、バソプレシン、グルカゴンがありますが、アドレナリンに勝る効果はありません。これらの薬がアドレナリンに変わる代替療法にならない場合が多いです。最近使用されている非定型抗精神病薬は定型抗精神病薬ほどα1遮断作用が強くなく、抗精神病薬の至適投与量がアドレナリン反転を起こしやすいという臨床的な根拠に乏しいことを考えると、蘇生時ではアドレナリンを使用しても良いのではないかと個人的には思っています。実際アドレナリンで蘇生に成功した症例も詳しく報告しました[2]。抗精神病薬内服中の患者さんの蘇生時にアドレナリンをどのように使うべきか、適切な議論が起こることを期待しています[3]。
文献
[1] Nagamine T. Emergency Cardiovascular Care for Psychiatric Patients with Sudden Cardiac Arrest; The CBA2 Method. Int Med J.2016;23(6):605-606.
[2] Nagamine T. Complete Recovery from Cardiac Arrest Caused by Risperidone-Induced Hypothermia. Innov Clin Neurosci.2016;13(11-12):28-31.
[3] Nakamura M, Nagamine T. Adrenaline reversal may be an unwarranted distraction during emergency cardiovascular care for patients treated with antipsychotics. Asia Pac Psychiatry. In press.
[RB25. Adrenaline reversal and antipsychotics]