慢性疼痛に対する抗うつ薬の効果は心電図で予測できる?
慢性疼痛は生活の質を低下させる厄介な病態です。その多くは原因不明であり、根本的な治療方法がみつかっていません。薬物療法ではいわゆる痛み止めである鎮痛薬(NSAIsなど)と抗うつ薬が使用されています。抗うつ薬はセロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、シナプス間隙でセロトニンやノルアドレナリンの濃度を増加させます。慢性疼痛に抗うつ薬が効果を示すメカニズムは、下行性疼痛抑制系の神経伝達物質がセロトニンやノルアドレナリンだからです。抗うつ薬でセロトニンやノルアドレナリンを増強することで下行性疼痛抑制系が活性化し、疼痛緩和に結びつくと推測されています。しかしことは単純ではないのです。近年、慢性疼痛では、延髄網様体での網状突起(reticularis dorsalis: RtD)からの疼痛促進系が活性化していることが分かってきました[1]。ここの神経伝達物質はノルアドレナリンです。抗うつ薬でノルアドレナリンを増強すると、逆に痛みを増す可能性も考えなければなりません。
ところでノルアドレナリン神経系は、心臓にもその経路を伸ばしています。だから心電図の変化が疼痛改善の予測因子になるのではないかと、東京医科歯科大学歯科心身症の渡邊先生らが検討を行いました。対象は、三環系抗うつ薬で治療された原因不明の顔面領域の慢性疼痛で苦しんでおられる患者さんです。面白いことに、心電図のQTc時間の変化と痛みの変化が相関しており、心電図の変化が疼痛治療での予測因子の一つになる可能性が報告されました[2]。推測されるメカニズムはQTc時間は交感神経系と副交感神経系の両方の支配をバランスよく受けており、交感神経系が優位になるとQTc時間は短縮し、副交感神経系が優位になるとQTc時間は軽度延長します。疼痛改善を示すのはQTc時間が短縮しない患者さんで、交感神経系が三環系抗うつ薬でも優位にならない場合です。ノルアドレナリンが増え過ぎるとどうも痛みの改善は望めないのかもしれません。それは慢性疼痛患者さんではRtDからのノルアドレナリン神経系を介する疼痛促神経が下行性疼痛抑制系を凌駕しているからだと考えられます。いずれにしても慢性疼痛での痛みの改善とQTc時間の変化の関連に気がついたのはとても素晴らしいですね。
文献
[1] Martins I, Tavares I. Reticular Formation and Pain: The Past and the Future. Front Neuroanat. 2017; 11: 51.
[2] Watanabe T, Kawasaki K, Trang T.H Tu, Suga T, Sugawara S, Mikuzuki L, Miura A, Shinohara Y, Yoshikawa T, Takenoshita M, Toyofuku A, Nagamine T. The QTc shortening with amitriptyline may indicate treatment resistance in chronic nonorganic orofacial pain. Clin Neuropsychopharmacol Ther. 2018;9:12-14.