高齢者にSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitor)を投与することの危険性が、大腿骨近位部骨折の術後合併症研究から示唆された
大腿骨近位部骨折は、高齢者の機能予後ならびに生命予後を悪化させます。早期手術とリハビリが重要です。しかし術後合併症を高率に認め、リハビリが滞る原因になります。75歳以上の大腿骨近位部骨折患者を対象として、術後合併症を調査し、術後合併症と関連する危険因子を検討した研究が最近報告されました[1]。術後合併症は40.2%の患者で認められ、せん妄が最も多かったです。低Na血症とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitor:SNRI)の使用が、術後合併症群で有意に多く認められました。
近年、SNRIの一部が腰痛などの慢性疼痛に適応を取得し、日常的に処方されるようになりました。SNRIはシナプスでのセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、セロトニンならびにノルアドレナリン神経伝達を促進します。下行性疼痛抑制系の神経伝達物質はノルアドレナリン(一部セロトニンやドパミンが行う)が中心的な役割を果たしています。SNRIはノルアドレナリンを増加させ下行性疼痛抑制系を賦活するので、痛みを和らげる効果があります。ただしプラセボと比較して効果がありますが、そのeffect sizeは大きなものではありません。さらに一部の慢性疼痛患者では、ノルアドレナリン神経系が逆に痛みの回路を促進することが最近の研究で指摘されています。このような患者にはノルアドレナリンを増加させることは逆効果です。またSNRIは高齢者では中枢への作用が強く出てふらつきから転倒を起こすことがあり、骨折の誘因になる危険性があります[2]。
ところで、今回術後合併症で危険因子として検出された低Na血症は、SNRIの使用と関連する可能性があります。なぜならSNRIはSIADHを起こすリスクがあり、疫学研究では高齢者にSNRIを使用すると30日以内に低Na血症で入院する割合が約5倍増加するといわれています[3]。SNRIと低Na血症は関連があり、低Na血症は術後合併症の危険因子と考えられます。さらに高齢の骨折患者では、入院時の低Na血症が病院死(in-hospital death)と関連することも報告されています[4]。
精神科領域だけでなく、整形外科領域でSNRIの処方が増加しています。骨折や低Na血症を介する術後合併症が増加していないか、臨床現場で注意深く観察する必要があります。当然ですが、疼痛改善にSNRIを使用する場合は、リスクとベネフィットを天秤にかけ、慎重に判断する必要があると考えます。
文献
[1] 長嶺敬彦、松本良信.血清Na濃度は高齢の大腿骨近位部骨折患者の予後に影響を与える;術後合併症研究から.未病と抗老化2018;27:46-50.
[2] Nagamine T. Responsibility of the doctor who prescribes serotonin and noradrenaline reuptake inhibitor (SNRI) for patients with chronic musculoskeletal pain. Psychiatry Clin Neurosci.2018;72:45-46.
[3] Farmand S, Lindh JD, Calissendorff J et al. Differences in Associations of Antidepressants and Hospitalization Due to Hyponatremia. Am J Med. 2018;131(1):56-63.
[4] Hagino T, Ochiai S, Watanabe Y et al. Hyponatremia at admission is associated with in-hospital death in patients with hip fracture. Arch Orthop Trauma Surg. 2013;133(4):507-511.