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偽膜性腸炎(Clostridioides difficile infection: CDI)の一次予防を考えよう!

 抗菌薬治療の弊害として、偽膜性腸炎(Clostridioides difficile infection: CDI)による難治性下痢があります。CDIは抗菌薬による下痢症の20-30%を占め、入院患者における感染性下痢でもっとも頻度が高い疾患です。大多数のCDI患者は、下痢を発症する14日以内に抗菌薬が投与されています。CDIは広域セファロスポリン、カルバペネム、クリンダマイシンで発症リスクが高いと言われていますが、あらゆる抗菌薬の投与で発症します。高齢の入院患者を母集団とするとCDIの発症率はさらに上昇します。CDI の治療では、投与中の抗菌薬治療を可能な限り早急に中止するとともに、軽症から中等症までの初発 CDIと1 回目の再発 CDI ではメトロニダゾールかバンコマイシンの内服が、重症 CDIまたは2 回目以降の再発ではバンコマイシンの内服が推奨されています。それでも高齢者はひとたびCDIを発症すると、再発再燃を繰り返し、電解質異常を併発し、重篤になります。再燃例は治療に難渋します。最近では難治性の再燃例にトキシンB に対するヒトモノクローナル抗体であるベズロトクスマブ(bezlotoxumab)が保険適応されました。しかしヒトモノクローナル抗体ですから非常に高価ですし、再発抑制をメインとします。したがって抗菌薬使用時に低コストの方法でCDIの一次予防が可能であれば、抗菌薬療法が安全に行えるだけでなく、医療費削減につながります。

 そこでわれわれはCDIの一次予防にプロバイオティクスが有効か、高齢の整形外科手術患者を対象に検討を行いました。整形外科手術では深部感染症は重篤な合併症です。その予防に広域の抗菌薬の投与が行われます。高齢患者での広域抗菌薬の投与は、一定の頻度でCDIを誘発します。そもそもプロバイオティクスである益生菌も抗菌薬により死滅する恐れがあります。整形外科手術での創部感染予防に対して、まずは抗菌薬耐性のプロバイオティクスであるR-EP(antibiotics-resistant enterococcal probiotics)を抗菌薬に併用するか、あるいは抗菌薬単独投与のみでCDIの年間発症率を計算すると10 ,000 patient bed-days あたり4.2 例でした。この数値は、諸外国の統計と大差なく、一定の頻度でCDIが発症していることが分かりました。

 次に酪酸産生菌を含むプロバイオティクス合剤(Enterococcus faecium 2×10⁸ CFU/day, Bacillus mesentericus 1×10⁷ CFU/day, and Clostridium butyricum 5×10⁷ CFU/day.)を抗菌薬に併用してからのCDIの発症率を観察すると10 ,000 patient bed-days あたり0.35例と著しく低下していました。酪酸産生菌を含むプロバイオティクス合剤は、CDIの一次予防効果がある可能性が考えられました(1)。

 酪酸はヒストン脱アセチル化酵素の阻害活性を介し、制御性T細胞のマスター転写因子であるFoxp3の遺伝子プロモーター領域およびエンハンサー領域のヒストンのアセチル化を亢進させます。その結果、Foxp3の発現を促進し、ナイーブT細胞から制御性T細胞への分化が促進されます(2)。酪酸で修飾したデンプンをマウスに摂取させると、大腸の粘膜固有層における制御性T細胞の割合は増加し、大腸炎モデルマウスにおいて大腸炎の発症が抑制されました(2)。つまり、酪酸産生菌はT細胞のエピゲノム状態を変化させ、制御性T細胞の分化を誘導し、腸管免疫系の恒常性維持に貢献する可能性があります。また酪酸産生菌は動物モデルでCDIの毒素産生を押さえる可能性が最近指摘されています。

 しかし大規模な臨床試験では、プロバイオティクスによるCDIの一次予防効果は認められていません。投与するプロバイオティクスの菌種が問題なのかもしれません。プロバイオティクスはベズロトクスマブに比べると極端に低コストであり、今回の観察研究から、酪酸産生菌を含むプロバイオティクス合剤でCDIの一次予防効果を前向きに検討してみる価値があると考えました。

文献

(1)Nagamine T. Is primary prevention of Clostridioides difficile infection possible with combination probiotics in elderly orthopedic patients? Biosci Microbiota Food Health. 2019;38(3).

(2) Furusawa Y et al. Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells. Nature. 2013 Dec 19;504(7480):446-50.

[RB31. Is primary prevention of Clostridioides difficile infection possible with probiotics?]

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