統合失調症ドパミン仮説の限界:クルタミン酸やノルアドレナリンが病態に関連する
統合失調症の病態仮説として、中脳辺縁系のドパミン神経伝達の過剰と皮質系のドパミン神経伝達の低下が言われています。そもそも現在市販されているすべての抗精神病薬はこのドパミン仮説に基づくドパミン遮断薬です。ドパミン仮説は精神薬理学の仮説の中でもっとも息の長いものの一つです。
統合失調症は多因子遺伝が関与すると考えられていますが、病態メカニズムの解明には両親が保有しない遺伝子変異(デ・ノボ変異)が重要です。最近の研究で、SETD1Aのデ・ノボ変異は統合失調症を発症する確率を高め、SETD1A変異マウスは統合失調症の行動に類似することが報告されています(1)。SETD1A変異マウスでは、内側前頭前野のシナプス前部・後部のグルタミン酸による興奮性シナプス伝達の低下が観察されます。グルタミン酸はNMDA受容体を介して自殺予防との関連で研究されており、興奮系神経細胞と精神疾患という新たな精神薬理学的研究が必要です(2)。
さらに、救急医療での経験で、ドパミンよりノルアドレナリンが精神症状と関連する症例を経験しました。腎盂炎から敗血症に至ってショック状態で救急搬送されてきた妄想型統合失調症の患者さんです。敗血症性ショックで循環動態を維持するには、まずは比較的大量の輸液を行います。それでも血圧が維持できないときは、カテコラミンを使います。使用するカテコラミンは、ノルアドレナリンです。この症例でもノルアドレナリンを使用したところ、幻覚妄想状態になりました。そこでカテコラミンをドパミンに変更すると、精神症状が消失しました。しかしドパミンはこのような病態では脈をあげるのでノルアドレナリンが適します。そこでノルアドレナリンの投与を再チャレンジしました。すると再現性があるように、幻覚妄想状態になりました。ドパミンではなくノルアドレナリンが精神症状と関連する可能性が考えられました。もちろん末梢投与のカテコラミンは、通常では脳への移行は少ないはずです。敗血症という病態であったので血液脳関門が一部破綻していた可能性があります。ドパミン仮説で説明できない病態が臨床ではあります(3)。
文献
1. Nagahama K et al. Setd1a Insufficiency in Mice Attenuates Excitatory Synaptic Function and Recapitulates Schizophrenia-Related Behavioral Abnormalities. Cell Rep. 2020 Sep 15;32(11):108126.
2. Jimenez-Treviño L et al. Glutamine and New Pharmacological Targets to Treat Suicidal Ideation. Curr Top Behav Neurosci. 2020 Sep 15.
3. Nagamine T. ROLE OF NOREPINEPHRINE IN SCHIZOPHRENIA: AN OLD THEORY APPLIED TO A NEW CASE IN EMERGENCY MEDICINE. Innov Clin Neurosci. 2020;17(7–9):8–9.
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