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舌痛症の2段階仮説

原因不明の口腔顔面領域の慢性疼痛である舌痛症の有病率は1.73%と推定されており、決して稀な疾患ではない。しかしその病態は解明されていない。カプサイシンが舌痛症の病態にどのように関連するか、仮説を提唱してみた。

興味あることに、舌痛症を発症するのは、閉経前後の女性が圧倒的に多い。慢性の口腔顔面痛は、歯に何らかの原因を求めたくなる。そこで歯科治療が行われる。ところが、それが逆に疼痛を悪化させる。歯科治療での侵害受容体の刺激が疼痛の誘発に関連する可能性がある。

閉経前後の女性に多いことから、この疾患の形成に女性ホルモンの変化が関与する可能性が考えられる(1)。さらに、口腔処置に伴う疼痛の悪化は、疼痛受容体が刺激されることでさらに疼痛が悪化することを示しており、その病態に侵害受容体であるtransient receptor potential vanilloid 1 (TRPV1)が変化している可能性が示唆される。

そこで、エストロゲンとTRPV1の関係をみてみよう。エストロゲンは、ゲノム経路(classical genomic pathway)および非ゲノム経路(non-classical pathway)を介して、TRPV1の合成を促進する。エストロゲンが盛んに分泌される時期には、TRPV1が増加し、痛みを感知しやすくなる(2)。ところが、面白いことに、エストロゲンはTRPV1が増えると、逆に、痛みを軽減する効果がある。TRPV1が侵害刺激を感知するにはTRPV1が細胞表面に移動しなければならない。TRPV1を細胞表面膜に移動させるのは、神経成長因子(NGF:nerve growth factor)である。エストロゲンはNGFの発現を低下させる。したがって、エストロゲンは、細胞表面のTRPV1の細胞表面での数を減少させることで痛みを緩和する作用がある(2)。

エストロゲンは思春期で急激に増加し、閉経期で急激に低下する。エストロゲン分泌の経年的変化とエストロゲンのTRPV1に対する相反する作用を組み合わせると、舌痛症発症の二段階説(Two-hit Theory)が考えられる。ファースト・ヒット(第1段階)は、思春期になりエストロゲンが増加することである。するとTRPV1合成が盛んとなり、痛みを感知しやすくなる。エストロゲンがNGFを抑制し、TRPV1の細胞表面への移動制限をかけても、TRPV1合成が勝り、細胞表面のTRPV1数は多くなり、疼痛を感じやすくなる。この時期には、慢性疼痛性疾患の罹患率も上昇する。コホート研究では、舌痛症患者は舌痛症を発症するはるか前に、慢性疼痛性疾患である片頭痛を経験している割合が高い(3)。次に、閉経期がセカンド・ヒット(第2段階)である。この時期に舌痛症を発症するのであるが、エストロゲンが減少するとNGFのダウンレギュレーションが行えなくなり、NGFの産生が増加する。NGFはTRPV1を細胞表面に移動させ、疼痛を発現させる。実際に、舌痛症発症時には患者の口腔粘膜のTRPV1は増加している(4)。しかし、これを検証するためには、エストロゲンとTRPV1発現の変化に関する研究や、舌痛症患者の既往の疼痛状態に関する厳密な調査が必要である(5)。


文献

(1)Russo M, Crafa P, Guglielmetti S, Franzoni L, Fiore W, Di Mario F. Burning Mouth Syndrome Etiology: A Narrative Review. J Gastrointestin Liver Dis. 2022 Jun 12;31(2):223-228.

(2)Seol SH, Chung G. Estrogen-dependent regulation of transient receptor potential vanilloid 1 (TRPV1) and P2X purinoceptor 3 (P2X3): Implication in burning mouth syndrome. J Dent Sci. 2022 Jan;17(1):8-13.

(3)Kim DK, Lee HJ, Lee IH, et al. Risk of burning mouth syndrome in patients with migraine: A nationwide cohort study. J Pers Med 2022;12:620.

(4)Yilmaz Z, Renton T, Yiangou Y, et al. Burning mouth syndrome as a trigeminal small fibre neuropathy: Increased heat and capsaicin receptor TRPV1 in nerve fibres correlates with pain score. J Clin Neurosci 2007;14:864-71.

(5)Nagamine T. Two-hit theory by estrogen in burning mouth syndrome. J Dent Sci. 2022; https://doi.org/10.1016/j.jds.2022.06.009


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